Theme 2:労働力人口の急増
第3章 女性の労働参加
アベノミクスにおける失業率低下は労働力人口の減少によって生じたわけではなく,むしろ労働力人口が増加するなかでの失業率低下であった。
しかしそうなると,「なぜ少子高齢化が進んでいる日本で労働力人口が増加しているのか」という疑問が浮上する。
わかった!外国人労働者をたくさん受け入れているからだ!
このように考えた人は多いはずだ。しかし,外国人は労働力人口増加の主因ではない。外国人就業者は増加しているものの,それ以上に日本人就業者の増加が際立っている。
日本人 | 外国人 | |
---|---|---|
2012年 | 6,225万人 | 68万人 |
2020年 | 6,552万人 | 172万人 |
変化幅 | 2112万人 | 2112万人 |
なお,外国人労働者が急増しているようにみえる理由は別ページで詳述している。
結論からいえば,アベノミクス以降に労働力人口が増加した理由は,
- ①女性の労働参加
- ②高齢者の労働参加
である。
男性 | 女性 | |
---|---|---|
2012年 | 3,622万人 | 2,658万人 |
2019年 | 3,733万人 | 2,992万人 |
変化幅 | + 110万人 | + 334万人 |
15-64歳 | 65歳以上 | |
---|---|---|
2012年 | 5,684万人 | 596万人 |
2019年 | 5,832万人 | 892万人 |
変化幅 | + 148万人 | + 296万人 |
したがって,以下のような「雇用改善で女性や高齢者が置き去りにされている」という主張は誤りである。
結局,安倍政権は強者の味方。首相は「雇用が改善した」といってひとり喜んでいるけど,じゃあそこに弱者はどれだけ含まれているのって話。自民党政治のなかではいつも女性や高齢者などの弱者がないがしろにされる。
しかし,この状況をひっくり返し,次のような批判がなされる場合もある。
女性や高齢者の就業者が増えているのは,働かなければ生活していけないほど苦し経済環境だから。安倍政権の強者優遇で弱者にしわ寄せがきている。
一般論として,経済状況が悪いのに労働力人口が増加するというケースはほとんどあり得ないのだが,第3~5章では上記の指摘が正しいかどうかについて検証する。
1.「生活苦でパートに出ている」は本当か
女性の労働参加率が上昇している理由を生活苦に求める意見は多い。たとえば,以下は山尾志桜里議員(国民民主党,当時は民進党)が安倍首相(当時)に対して述べたものだ。
多くのパートの主婦は,本当に生活が大変だったり,家計をやはり支えなきゃいけないから働くんです。景気がいいから,あら,そろそろ働こうかしら,お得だわなんという主婦は少ないんです。
―― 衆議院予算委員会(山尾志桜里,2016年1月13日)
山尾議員が「パート主婦」「家計を支える」と言っている通り,この議論において想定されている女性とは配偶者女性(特に非正規雇用)のことだ。そもそも,「生活が苦しいから働いている」という主張は「生活が苦しくなければ働きに出なくてよい」ということが前提になっていなければ批判として成立しない。単身女性であれば生活が苦しいかどうかにかかわらず働くのが普通であるため,上記の主張は配偶者を念頭においたものと考えられる。
そこで,以降では配偶者女性の統計データをもとに,女性の労働参加率上昇が本当に生活苦によるものなのかを検証することとする。
① ソフトデータ:非正規選択の理由
最初に,アンケート調査(ソフトデータ)から確認する。以下は世帯主の配偶者の女性が「なぜ非正規雇用で働いているのか」を答えたものだ。
山尾議員が指摘するような「家計補助・学費」を理由に働いている人の割合は低下傾向で推移してきた(ただし,2020年以降はコロナ禍で再び上昇している)。女性の非正規雇用労働者は増加しているものの,その理由として「家計補助・学費」「正規雇用がない」を挙げる人は比率のみならず,絶対数でも減少している。
一方,非正規雇用選択の理由として増加しているのは「自由な時間」など,どちらかといえばポジティブなものだ。したがって,アベノミクスにおけるパート主婦増加の理由が生活苦であるとは考えにくい。
もっとも,このグラフに関しては次のような反論も可能である。
女性の社会進出はアベノミクス以前からあった大きな流れだ!アベノミクスは関係ない!
確かに2013年以降のデータだけでは,この変化がアベノミクスによるものなのか,それとも,趨勢的な傾向なのかを判別することはできない。しかし,上記調査は2013年から公表され始めたもので,データをさかのぼることは難しい[1]。そこで,短時間労働者(1~34時間)に対するアンケート調査によって傾向を類推する。
もちろん,短時間労働者と非正規雇用は同じものではない(非正規雇用でもフルタイムで働いている人がいるため)。しかし,パート主婦を念頭に置くのなら,ほとんど同一のものとみてよいだろう。なお,短時間労働者の調査では,就労選択の理由として「もともと35時間未満の労働だった」というものがあり,これが大半を占めている。
そのため,ここでは「それ以外の理由」の内訳がどうなっているのかを確認する。
2019年までの傾向としては
- 育児等を理由に短時間労働を選択するのは趨勢的傾向
- 景気悪化を理由に短時間労働を選択するのはアベノミクス以降に5%を切る
となっている。ただし,2020年以降(コロナ禍)は景気悪化を理由に短時間労働を選択する主婦が増加している。
以上より,アベノミクス(コロナ禍以前)において「生活苦を理由に働きに出ている主婦」はごくわずかだったと考えられ,山尾議員の指摘するような状況にはなかったことがわかる。
② ハードデータ:夫の年収別統計
次に,労働者の世帯収入状況(ハードデータ)を確認する。労働力調査では世帯主の年収別に統計が公表されているが,仮に主婦が生活苦で働きに出ているのだとすれば,夫の年収が低い家計ほど妻の労働参加率が上昇すると予想される(逆に夫の年収が高い妻は働きに出ないと予想される)。しかし,現実には夫の年収とほとんど無関係に労働参加率は上昇している。
確かに,夫の年収が低いほど妻の労働参加率は高くなる傾向がある(200万円未満の労働参加率が低いのは60歳以上の年金受給者世帯が含まれているから)。しかし,アベノミクス期における労働参加率の変化幅については,低所得者ほど上昇しているというわけではない。
女性の労働参加率上昇自体はアベノミクス以前から続いていたことだ。ただし,2012年から2019年にかけては非常勤雇用のみならず,常勤雇用の比率も(小幅ながら)上昇しており,その内容はよりポジティブなものとなっている。
なお,この傾向はコロナ禍の2020年においてもあまり変化していない。
以上,ソフトデータとハードデータを総合すれば,
「女性の労働参加率上昇が生活苦によるものだ」という主張は誤り
と結論づけてよい。むしろ,第4章で述べるよう,問題の本質はその先にある。しかし,それを議論するにあたっては,まず,
ネガティブな理由で非正規雇用・短時間労働を選択している女性は少ない
という事実を認識しなければならない。言い換えれば,
女性は生活が苦しくて働きに出ていて,正規雇用にさせてもらえないから非正規雇用で働いているんだ!そうに違いない!
という見解は統計データに反するのみならず,第4章で述べる「新たな問題」の存在を覆い隠してしまい,かえって女性の雇用環境を悪化させてしまう可能性すらある。
- ^1厚労省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(4年に1回くらいのペース)などを用いれば全くさかのぼれないわけではない。ただし,質問項目が多少異なっており,2013年以降のデータとは連続していない。