Theme 1:マクロ経済政策の理論
第3章 公共事業論争
第3章では(デフレ対策としての)公共事業に対する批判について考える。批判のタイプは主に以下の3つに分けられる。
- ①勘違い(ロジックエラー)
- ②細部の議論
- ③前提の違い
この章が対象にしているのは,主に ①勘違い である。②細部の議論 については長くなってしまうため,別ページで説明することとした。
一方,③前提の違い についてだが,公共事業に批判的な経済学者は大半がこれに該当する。ただし,彼らの多くは
デフレ経済は問題ではない
という前提をとっている場合が多い。Part 1では「デフレ経済が問題である」という前提で話を進めるているため,③前提の違いについてはその概略について簡単に触れるにとどめる(前提の問題はPart 2で詳述する)。
1.財源論争
公共事業に対する直感的な批判で最初に思いつくのは財源に関するものだろう。
自民党は無駄な公共事業ばかりやって,日本は借金まみれ。自分たちのことしか考えていない。将来世代にツケを残す政治にはNOをつきつけなきゃ!
公共事業はデフレを解決するのかもしれないけど,一方で,日本は世界最大の借金大国。デフレ脱却と財政健全化,そのバランスが大事になるよね。
そもそも「ツケ」「借金」という表現自体正しくないのだが,それを抜きにしても,デフレ対策としての公共事業は財源が問題にならない。なぜなら,政府には通貨発行(金融緩和)という手段があるからだ。政府が自分でお金を刷って支払えば,理論上,公共事業は無限にできる。
自分でお金を刷って支払いにあてるだと!そんなことしたらインフレになるだろ!
デフレ対策が目的なのでインフレになって良いのである。逆にいえば,この手法はデフレ対策でしか通用しない。日本のインフレ率は1%以下で推移しているため,少なくとも目標の2%に到達するまでは「自分でお金を刷って公共事業を行う」という手法が可能になる。
① シニョレッジ
もっとも,これは「誰も何も負担しなくていい」という意味ではない。財政拡張賛成論者に散見されるが,以下のような主張は厳密にいえば誤りだ。
デフレのときは政府が自分でお金を発行してなんでもできるから,国民は何も負担する必要がない。これをわかってない人が多いんだよなあ。
通貨発行は現預金保有者が負担しているだけであって,魔法のように富が湧き出ているわけではない。以下は政府の3つの財源である。
- 徴税:現在の納税者が負担
- 国債発行:将来の納税者が負担
- 通貨発行:現預金保有者が負担
通貨を増発すれば,もともとあった通貨の価値は目減りする(それが「インフレ」である)[1]。そのため,通貨発行は経済学において「インフレ税」とも呼ばれている。
貨幣の成長率は,名目貨幣保有に実質貨幣価値を失う率πに等しい。したがって,シニョレッジ(注:通貨発行収入)は,いわば実質貨幣残高保有に対する「税率」πと課税対象額M/Pをかけたものになっている。シニョレッジ収入がインフレ税収入(inflation-tax revenues)と呼ばれることが多いのはこのためである。
―― デビッド・ローマ―『上級マクロ経済学』
もっとも,デフレ経済とは
節約(現預金貯め込み)
による問題に他ならない。したがって,「インフレ税」は経済に対して効果的に機能する(逆に通貨量が増えなければデフレ経済の問題は解決しない)。
通貨以外の物の価値 | 通貨価値 | 対策 | |
---|---|---|---|
インフレ | 上昇 | 下落 | 通貨回収 |
デフレ | 下落 | 上昇 | 通貨増発 |
第2部で内部留保課税の議論を紹介したが,そんなことをするくらいならばインフレによって現預金に「課税」した方がはるかに容易で効率的で公平だ。内部留保課税をいうならば,まずデフレ対策(財政拡張・金融緩和)を先に行うべきだろう。
② 金利上昇問題
次に,「公共事業は金利の上昇を招く」という批判を検証する。結論からいえば,これは財源の問題と本質的に同じである。
大規模な公共事業が行われれば,資金需要は逼迫する。そうやって金利が上昇したら,新たに事業を行おうと思っていた民間企業の投資行動を圧迫しかねない。この「クラウディングアウト」をわかってない人が多いんだよなあ。
- クラウディングアウト
- 政府支出による需要増加で金利が上昇することで,民間の資金需要が抑制されてしまう現象。
大規模な公共事業が行われれば,その国の金利は上昇するわけだから,通貨高になって輸出の減少を招いてしまう。結局それが公共事業の効果を相殺しちゃうわけ。マンデル・フレミングモデルを知ってれば誰でもたどり着く結論。
- マンデル・フレミングモデル
- 開放経済における数量調整のモデル。IS-LM分析に海外部門(BB曲線)を含めた拡張。IS-LM-BB分析ともいう。
そもそも現在の日本において公共事業で金利が上昇するのか非常に疑わしいが,仮に上昇するとしても,中央銀行が金利を引き下げれば問題ない。そして,この金利引き下げは通貨供給量を増加させることによって行われる。
金利と需要の関係についてはIS-LM分析で以下のように表せる。まず,財政拡張を行った場合,上記の指摘の通り,実質金利は上昇する。
しかし,これに合わせて金融緩和を行えば,実質金利の上昇を抑えた状態で需要の拡張を実現することができる。
財政拡張による金利上昇(およびそれに伴う通貨高)は通貨需要の増加によって生じている。したがって,需要に合わせて通貨供給を増加させれば,金利の上昇に対処することができる。
以上より,金利上昇懸念と財源懸念はどちらも金融緩和で解決する。そして,その解決方法はいずれの場合もインフレを招くこととなるが,デフレ対策(インフレ誘導)が目的なので,やはり問題はないという結論になる。
このほか,財源や金利にかかわる批判としては以下のようなものがある。
いやいや,政府がお金を刷って公共事業をやるなんてそもそも法律違反ですから。日本に限らず,財政ファイナンスは世界中で禁止されている。
中央銀行は政府と独立していて一緒なわけじゃない。日銀がたくさん国債を買っても政府がそれを返済できなければ,日銀だって当然破綻する。
これらは冒頭で述べた ②細部の議論 に該当するため,別ページで述べることとする。
2.無駄削減論の間違い
財源問題と同様か,それ以上に多いと考えられる批判は「公共事業が無駄の温床になっている」というものである。
日本は無駄な公共事業が多すぎ。発展途上国ならまだしも,先進国の日本でインフラなんて必要とされていない。結局全部「利権」のためなんだよなあ。
まず,第4~5章で述べる通り,必要な公共事業は山ほどあるのだが,それ以上にマクロ経済において重要なことがある。それは,
デフレ対策として行う公共事業に「無駄な公共事業」は存在しない
ということだ。おそらく,これがデフレ対策で最も「直感に反する」部分と考えられる。
公共事業が無駄にならない理由は,デフレ対策の本質が公共事業そのものではなく,公共事業による乗数効果の発現にあるからだ。
- 乗数効果
- 需要の増加が(主に消費を通じて)連鎖的に波及していく効果。
デフレ対策における公共事業は,
- ①公共事業を増やす
- ②乗数効果が発生する
- ③民間の消費や投資が促進される
という流れになることを目的としている。最終目的は民間需要の喚起にあるため,乗数効果が発生するならその中身は何でもよい。そして,乗数効果が発生するかどうかは「公共事業が何であるか」ということとほとんど関係ない。まずは,乗数効果がどのように生じるかについて説明する。
① 乗数効果の理論
乗数効果に対する勘違いは非常に多い。それは財政拡張に賛同する人のなかにもみられる。たとえば,以下のような認識だ。
たとえば1兆円で道路を建設した場合,それによって生まれる需要は1兆円だけじゃない。交通の利便性が増して,住宅ができたり,商業施設ができたりする。インフラ建設による需要は乗数効果でもっと大きくなる。
上記の「インフラ建設による利便性向上」などは乗数効果に含まれない。乗数効果とは,道路建設の作業員がその給料で飲み食いすることなどによって生じる消費増のことを指している。たとえば,以下は乗数効果によって1,000億円の政府支出が5,000億円の需要に膨れ上がる例だ(給料のうち8割が消費に回ると仮定している)。
政府支出1,000億円は全額従業員に配られる(材料費などにあてられた場合は,その購入先の従業員に配られる)。そのうちの8割(800億円)が飲食などの消費に回ることになるが,その消費額は飲食店の店員など,何らかの形で全額配られる。そのうちの8割(640億円)が消費に回り,同じことが繰り返される。これにより,最終的な消費総額は4,000億円となる(無限等比級数の和)。
- 消費総額:800億円 + 640億円 + 512億円 + … = 4,000億円
このことからわかる通り,公共事業は民間の需要不足を穴埋めするために行うものではない。したがって,以下のような主張はその点を誤解している。
政府が公共事業で需要をつくっても,それは一過性のものであり,本当の需要ではない。公共事業に頼らず,民間の需要を喚起していくことが重要だ。
デフレ対策の公共事業は,それ自体を需要とするために行われるのではなく,
民間の需要を喚起するため(呼び水)
の手段として行われる。事業内容の有効性は乗数効果と何の関係もないし,極端な話,金さえ配れれば中身は何でもいい。乗数効果を理論化したケインズは「穴を埋めて,また掘り起こさせればいい」とさえ述べている。
いま,大蔵省が古瓶に紙幣をいっぱい詰めて廃坑の適当な深さのところに埋め,その穴を町のごみクズで地表まで塞いでおくとする。そして百戦錬磨の自由放任の原理にのっとる民間企業に紙幣を再び掘り起こさせるものとしよう(もちろん採掘権は紙幣産出区域の賃借権を入札に賭けることによって獲得させる)。そうすればこれ以上の失業は起こらなくてすむし,またそのおかげで,社会の実質所得と,そしてまたその資本という富は,おそらくいまよりかなり大きくなっているだろう。
―― J.M.ケインズ『雇用,利子および貨幣の一般理論』
もちろん,ケインズは穴を掘ることがベストだといっているわけではない(上記の文のすぐ後に「穴を掘るよりは住宅建設などの方が良い」との記述がある)。これは当時の政策担当者が「利益率の高い公共事業をすべきだ」と議論していたことに対し,
そんな議論をしている暇があるなら穴でも掘った方がマシだ
と強烈に皮肉ったものである。
このように,乗数効果は「どのような公共事業か」ではなく,「個人や企業がもらったお金をどの程度使うか」に依存する。そして,デフレ対策のメインは乗数効果にあるため,「公共事業の内容は何でもよい」という直感に反する結論が導出されることとなる。
② 減税・給付金と公共事業
しかし,上記のような議論を聞けば,次のように思うのではないだろうか。
金を回すだけなら,公共事業なんかしないで,最初からお金を配ればいいんじゃないの?
その場合であっても,全く同じ乗数効果が生じる。したがって,減税や給付金もデフレ対策としては有効だ。ただし,公共事業の方が需要拡張の効果は計算上大きくなる。たとえば,以下は1,000億円の給付金の例である。
所得の8割を消費に回す(消費性向80%)なら,給付金1,000億円によって生じる需要は
消費4,000億円
である。一方,以下は1,000億円の空港建設の例である。
空港建設によって生じる需要と資産は
消費4,000億円+受注分1,000億円+空港(資産)
となる。
したがって,同じ1,000億円をつかって景気対策を行うならば,最初の1,000億円が必ず需要に計上され,おまけで空港がついてくる公共事業の方が得という結論になる。
3.乗数効果論争
デフレ対策として行う財政拡張の中核は乗数効果にある。逆にいえば,乗数効果が認められない場合,財政拡張は需要拡大をほとんどもたらさない。したがって,政府支出の賛否は
- 乗数効果がどれだけあるのか
という議論に集約される。
乗数効果の大きさはその計測方法や前提によって異なるため,複数の見方が併存している。たとえば,以下は内閣府の経済政策フォーラム(2008年)において宍戸俊太郎教授(筑波大学)が提出したデータの一部だ。
乗数効果の大きさは様々であり,なかには1.0を下回っているものまで存在する。以降では,乗数効果の違いについて
- 計測方法:元のデータが正しいのか
- 前提:どのような前提をとっているのか
の2点を中心に整理する。
① 計測方法の問題
計測方法における最大の問題は,
- どの期間のデータをとってきたのか
ということである。これは社会科学の難しいところでもあるが,特定の計測期間ですべてを議論するのは誤謬の可能性が高い。たとえば,以下のような主張がそれにあたる。
公共事業で民間需要は増加しない。実際,バブル崩壊後の大規模な財政拡張でも消費は増えなかった。乗数効果がデタラメなのことは歴史が証明している。
しかし,バブル崩壊後の事例だけで因果関係を断定するのは早計と言わざるを得ない。なぜなら,バブル崩壊後は内需拡大と逆の循環が働いていたからだ。
当然ながら,逆風や逆流のなかでボートを漕いで進まなかったからといって,「ボートを漕いでも前に進むことはない」という結論にはならない。上記のツイート例はこれと同じである。
なぜかというと,乗数効果を計測するには,まず財政支援のない日本経済の状態を想像してみる必要がある。しかし,今(注:2003年)の日本は大規模なデフレスパイラルの真っ只中か,あるいはすでにそのプロセスの終盤である大恐慌の渦のなかということになる。
ということは,財政支出の乗数効果は,この大恐慌の状態にあると思われるGDPの水準と現在のGDPの水準の差額ということになる。
―― リチャード・クー『デフレとバランスシート不況の経済学』
ボートを漕ぐ効果について議論するならば,ボートを漕がなかった場合と比較しなければならない。むしろ,ボートを漕ぐことにより,逆流のなかで後ろに流されず耐えていたのだとすれば,ボートを漕ぐ効果は十分に認められるはずだ。事実,バブル崩壊後の財政拡張はデフレスパイラルの進行に一定の歯止めをかけていたと考えられる。
② 前提の問題
上記ボートの例において,デフレ不況は明確な逆流にあたる。なぜなら,デフレ不況とはマイナスの乗数効果のことだからだ。たとえば,以下は大手ゼネコンが総額1,000万円のコスト削減を行った場合の乗数効果である。
これは,第2部で述べたデフレスパイラルそのものである。
このように,デフレ不況は乗数効果の一種であるため,
乗数効果が存在しない場合,デフレ経済は問題にならない
という結論が導かれる。
また,政府支出が消費量の増減につながっていることからもわかる通り,乗数効果が発現するプロセスとは数量調整の過程に他ならない。したがって,「乗数効果がない」とは「数量調整がない」ということであり,上記の事実は,第2章で導かれた
数量調整が存在しない場合,デフレ経済は問題にならない
という結論と全く同じになる。
以上より,「ほとんどが価格調整として表れる」という前提ならば,乗数効果はほとんど表れない。前述の内閣府モデルはこれに近い前提となっており,乗数効果が2年目から1.0を下回る理由は,
- 政府支出の増加ですぐさま金利と物価が上昇
- 輸出減少とインフレによって実質GDPが押し下げられる
と推測しているからだ[2]。なお,繰り返しになるが,内閣府の前提に立つならば,そもそもデフレ経済も大きな問題とはならないことになる。
4.ロジックエラーの検証
これまでの議論をまとめると次のようになる。
- 数量調整がなければ,デフレ経済は問題にならない
- 数量調整がなければ,乗数効果はない
- 乗数効果がなければ,財政拡張や減税は消費増加につながらない
- 乗数効果がなければ,所得増加(賃金上昇)は消費増加につながらない
- 乗数効果がなければ,増税は消費減少につながらない
この命題にしたがって,以降では冒頭に述べた ③前提の違い と①勘違い(ロジックエラー) を切り分けていく。
① 前提の違いと学派
上記の命題が成立する場合,価格調整が強く表れるという前提ならば,
- デフレ経済は問題ではない
- 政府支出は無意味(乗数効果はない)
という結論が導出される。これは前提の違いであって,ロジックエラーではない。
価格調整のみ | 数量調整あり | |
---|---|---|
デフレ | 不況と無関係 | 不況を伴う |
乗数効果 | ない | ある |
政府支出 | 効果なし | 需要拡大 |
減税 | 効果なし | 需要拡大 |
増税 | 効果なし | 需要縮小 |
IS-LM分析 | 役に立たない | 役に立つ |
内閣府の乗数効果計測モデルもロジックエラーとはならない。「すぐさま価格調整に反映される」と仮定しているならば,乗数効果がほとんど存在しないのは当然だ。
なお,価格調整のウェイトが大きいと仮定する学派としては,
- 新古典派経済学:政策効果のすべてが価格調整として反映される(数量調整なし)
- 新自由主義経済学:政策効果の大半が価格調整として反映される(数量調整少ない)
などが挙げられる。これらの学派において,乗数効果は「ない」,もしくは「限定的」と考えられているが,これらも ③前提の違い に起因するものである(Part 2で説明)。
② ロジックエラー
一方,①勘違い(ロジックエラー) は上記の命題を組み合わせれば容易に判定できる。もっとも,いくつかの前提が追加されている場合,ロジックエラーとならないこともあるので,実際にはより詳細な検証が必要となる。
A:政策と乗数効果
まずは,減税,給付金,公共事業の比較に関するものである。
「公共事業を増やせ」は百害あって一利なし。乗数効果()なんてデタラメ信じている人いまだにいるんだね。デフレ対策は減税で行うべき。
仮に乗数効果が存在しないならば,減税による消費増も発生しない。したがって,減税がデフレ対策とならなくなるため,上記はロジックエラーである。
一方,上記がロジックエラーではなくなる場合があるとすれば,
- 公共事業の受注先の従業員と減税対象者で消費性向が異なる
- 公共事業の受注先に海外企業などが含まれる
などだろう。
空港建設に携わる人々が貯蓄好きの人しかいなければ,空港建設よりも減税の方が乗数効果は大きくなるだろう。ただし,現在の日本においてそのような前提が成立する可能性は低い[3]。
また,アメリカの企業に公共事業を受注するような場合も,日本の内需はあまり増加しない(その分アメリカの内需は増加する)。そのため,日本の場合,軍事兵器の受注による乗数効果はほぼゼロと考えられる。一方,軍需兵器を国産化するならば,受注によって乗数効果が発現することになる。
B:物価と乗数効果
次に,物価上昇・物価下落(デフレ)に関するものである。
内閣府のモデルの通り,公共事業なんかやったて物価を上げるだけ。かえって悪影響。真にデフレ経済から脱却するには地道な努力が必要。
公共事業が物価を上げるだけならば,数量調整はなく(乗数効果はなく),価格調整だけということになる。ただし,その場合はデフレになっても不況にはならない。したがって,デフレ経済から脱却する必要性がなくなるため,上記はロジックエラーである。
乗数効果なんて信じてるから日本はデフレ対策に遅れをとり,失われた20年となってしまった。デフレ脱却には乗数効果教からの脱却が必要。
乗数効果がないならば,デフレと不況は結びつかない。上記はロジックエラーである。
以上より,「デフレが問題である」とするならば,その対策は自ずと定まってくる。しかしながら,現実の日本では経済失政が続けられることとなった。このことについては第6~7章で説明する。
なお,経済失政の歴史に入る前に,現在の日本のインフラがどのような状況にあるのかを確認する。第3章までの説明で,
なるほど,役に立たない無駄な公共事業でも,デフレ経済ではやった方がいいのか。なら仕方ない,公共事業に賛成しよう。
と思った人も多いだろうが,そもそも日本は必要な公共事業すらまともに行われていない。第4~5章ではその問題について詳しく説明する。
- ^1サマーズ教授(ハーバード大学),クルーグマン教授(ニューヨーク市立大学大学院センター),ブランシャール教授(マサチューセッツ工科大学)などが金融政策の限界を指摘し,財政拡張を主張した。
- ^2通貨を発行しても,それが流通しなければインフレにはならない。ただし,基礎的な経済学の段階において,通貨の発行増はそのまま流通増につながると仮定されている場合が多い。
- ^3金利上昇は金融緩和で抑えられるため,財政拡張のみの効果を試算することに意味はない(金利上昇効果を想定する意味はない)。加えて,「2年でインフレ率2%」を掲げた安倍政権ですら8年かかっても1%にまで到達しておらず,すぐさまインフレになって実質GDPを押し上げるという仮定も相当に現実から乖離しているといえる。